・レッスン
星井美希というアイドルは、ここ961プロでも問題児であった。
「ふむ、星井美希の進捗だけ遅れているな」
「本人の遅刻。気が向いた時だけにしか力を出さない。かといって不満があるわけでもなし。もって生まれた性質でしょうか」
「やっかいな子猫ちゃんだ」
報告を受けた黒井社長は大げさに頭を抱えて見せた。
現在進んでいるプロジェクト・フェアリー。その中核たらんと集められた三人のアイドルは、来るべきお披露目に向けて個別に特別レッスンを課せられていた。
この961プロにおいての絶対君主たる黒井崇男は、そんなことでつまずくような男でもないことは周知の事実である。その顔はただ、楽しんでいる。
「君ぃ、どう思うかねえ」
急に水を向けられ、しばし返答に困る。何を言おうがこのプロダクションの決定権など社長以外にはない。気まぐれに対する粋な返答等持ち合わせているわけもなく、思ったままを口にした。
「コミュニケーションを少し強化し、解決方法を見つけるしかないでしょう。素材はすでに超Sランク級です」
「それもいいねえ。ランチでも一緒にしようかねえ」
猫なで声の優しい声。初めの頃は反発もあったが、ここに慣れてからはそれもない。答えは最初から決まっている。これは、黒井社長がスポットライトを浴びて登場し、『たったひとつの冴えたやり方』を披露する為の前座にすぎない。
「スケジュールの変更をしてくれたまえ、前倒しで次のレッスンから三人を合わせる」
「はい」
疑問を挟むということなどは許されない。ここは、黒井社長が思うがままにアイドルを育み、王者を目指す場なのだから。
◇
効果は劇的だった。
星井美希を送迎している車中の出来事である。
以前は100パーセント車中で寝ていた彼女がとてもうれしそうに携帯を開きメールをやっている。
「ミキね、最近すっごくテンション高いの!」
様子を伺っていた視線に気づいたのか、聞きもしないのに運転席の自分にまくしたてた。
「すごいねー。響は一回目はミキの方がうまく出来るのに、次のレッスンだと絶対に響の方が上達してるの!」
961プロの設備をもっともフル活用しているのが我那覇響だ。
「貴音はね……うーん多分これからも『ぜったい』勝てないかな」
四条貴音の持つ絶対的なカリスマを、この天才は認めていた。
「それでねミキね、わかっちゃった」
すっと細められた瞳は、これまでの数多のアイドルにも見たことは稀な、焔が宿った瞳だった。
「ミキが頑張って、二人と一緒にやったら、『ほしいもの』、手にはいっちゃいそうかなーって」
◇
「そう、レッスンは『未来のトップアイドルになる』為のものではないよ」
進捗の修復の報告を受けた黒井社長は、満足気に椅子に深く座り手を組んだ。
「今、そこにある勝利を掴む為に、自分の限界すら超えんとする意志。そこに至る全ての感情を力と成せばいいのだ」
また一つ、自身の采配が成功したことに満足し、はばかりなく笑い声を挙げる社長は、成程一つのプロデューサーの完成系と言えた。
「タマゴを優しく温めて、雛から大空にはばたくまでを見守るような、そんな時代はもう終わったのだよ」
視線で退室をうながし、黒井社長は顔を背けた。
扉を閉める寸前、背後の窓を眺めている社長の呟きが聞こえた。
それほどにはっきりと、社長は声に出した。
「まったく、高木はいつも『未来』しか観ていない。変わってない。甘いんだよ」
どんな猫なで声よりも優しい、素の黒井崇男の声というものなのではないか、そんなことが頭をよぎったが、それこそ『ここ』においては詮無いことであった。
・レッスン 了
企画元サイトはこちらです。
http://ss1hour.wiki.fc2.com/
「ふむ、星井美希の進捗だけ遅れているな」
「本人の遅刻。気が向いた時だけにしか力を出さない。かといって不満があるわけでもなし。もって生まれた性質でしょうか」
「やっかいな子猫ちゃんだ」
報告を受けた黒井社長は大げさに頭を抱えて見せた。
現在進んでいるプロジェクト・フェアリー。その中核たらんと集められた三人のアイドルは、来るべきお披露目に向けて個別に特別レッスンを課せられていた。
この961プロにおいての絶対君主たる黒井崇男は、そんなことでつまずくような男でもないことは周知の事実である。その顔はただ、楽しんでいる。
「君ぃ、どう思うかねえ」
急に水を向けられ、しばし返答に困る。何を言おうがこのプロダクションの決定権など社長以外にはない。気まぐれに対する粋な返答等持ち合わせているわけもなく、思ったままを口にした。
「コミュニケーションを少し強化し、解決方法を見つけるしかないでしょう。素材はすでに超Sランク級です」
「それもいいねえ。ランチでも一緒にしようかねえ」
猫なで声の優しい声。初めの頃は反発もあったが、ここに慣れてからはそれもない。答えは最初から決まっている。これは、黒井社長がスポットライトを浴びて登場し、『たったひとつの冴えたやり方』を披露する為の前座にすぎない。
「スケジュールの変更をしてくれたまえ、前倒しで次のレッスンから三人を合わせる」
「はい」
疑問を挟むということなどは許されない。ここは、黒井社長が思うがままにアイドルを育み、王者を目指す場なのだから。
◇
効果は劇的だった。
星井美希を送迎している車中の出来事である。
以前は100パーセント車中で寝ていた彼女がとてもうれしそうに携帯を開きメールをやっている。
「ミキね、最近すっごくテンション高いの!」
様子を伺っていた視線に気づいたのか、聞きもしないのに運転席の自分にまくしたてた。
「すごいねー。響は一回目はミキの方がうまく出来るのに、次のレッスンだと絶対に響の方が上達してるの!」
961プロの設備をもっともフル活用しているのが我那覇響だ。
「貴音はね……うーん多分これからも『ぜったい』勝てないかな」
四条貴音の持つ絶対的なカリスマを、この天才は認めていた。
「それでねミキね、わかっちゃった」
すっと細められた瞳は、これまでの数多のアイドルにも見たことは稀な、焔が宿った瞳だった。
「ミキが頑張って、二人と一緒にやったら、『ほしいもの』、手にはいっちゃいそうかなーって」
◇
「そう、レッスンは『未来のトップアイドルになる』為のものではないよ」
進捗の修復の報告を受けた黒井社長は、満足気に椅子に深く座り手を組んだ。
「今、そこにある勝利を掴む為に、自分の限界すら超えんとする意志。そこに至る全ての感情を力と成せばいいのだ」
また一つ、自身の采配が成功したことに満足し、はばかりなく笑い声を挙げる社長は、成程一つのプロデューサーの完成系と言えた。
「タマゴを優しく温めて、雛から大空にはばたくまでを見守るような、そんな時代はもう終わったのだよ」
視線で退室をうながし、黒井社長は顔を背けた。
扉を閉める寸前、背後の窓を眺めている社長の呟きが聞こえた。
それほどにはっきりと、社長は声に出した。
「まったく、高木はいつも『未来』しか観ていない。変わってない。甘いんだよ」
どんな猫なで声よりも優しい、素の黒井崇男の声というものなのではないか、そんなことが頭をよぎったが、それこそ『ここ』においては詮無いことであった。
・レッスン 了
企画元サイトはこちらです。
http://ss1hour.wiki.fc2.com/
他の業界でも経営者として成功を掴み、そして芸能界へ。
どうしても敵役として扱われるから負ける設定なのだけど、
やはり勝敗は紙一重。あとは哲学と信念の問題だなぁ、と。
そんな事を考えてしまいました。
『1時間SS』で961プロ、黒井社長を中心に据える発想に拍手を。
そして、黒井社長を魅力的に描いた手腕に、心からの拍手を。